境内のご案内

文化財

  • 本殿・幣殿・拝殿・神門、そして境内地が「群馬県指定重要文化財」
  • 本殿をはじめとした建物には数々の彫刻で飾られています。
  • 本殿の周りには二十四孝の「老莱子」「唐夫人」「紅革」などの彫刻、金刀比羅宮には「琴高」「黄安」「通玄」といった仙人の彫刻で飾られています。
本殿図

本殿

本殿は、一間社入母屋造、妻入り、向拝一間の建物で棟札によると「宝暦十三年癸未四月二十三日  奉造立産泰大明神 神主 小糸豊前守藤原忠安 年五十一才乃建立」とあります。
全体が多くの彫刻により飾られており、上段には二十四考の「老來子」と「唐婦人」背面には謡曲の「高砂」の彫刻があります。また、下段には唐子遊びや水鳥等の彫刻があります。

県指定重要文化財

幣殿図

幣殿

幣殿は、正面一間切妻造、側面二間、妻入の建物で、建立年代は棟札等が無く不明ですが内部格天井に描かれている源氏物語の絵師が拝殿と同じため、同年代の建立と思われます。両側には鯉の滝登りの彫刻があります。

県指定重要文化財

拝殿図

拝殿

拝殿は、正面三間、側面二間、入母屋造の建物で棟札によると「産泰大神宮奉造替御拝殿成就 神主 従五位藤原恭富(鯉登恭富)文化九年壬申八月十三日」とあります。またこの時恭富は、鯉が小糸川を登る夢をみて氏を小糸から鯉登に改めました。内部格天井には百十二枚の花鳥の絵が描かれており江戸下谷の壽笑亭泉一重・増田村の久川恵水等の絵師の名があります。大工棟梁は信州諏訪の大隅流矢崎久右衛門 元形です。

県指定重要文化財

神門

神門

神門は、三間一戸八脚門、入母屋造、正面唐破風付の建物で棟札によると 「奉新尓造上随神門成就上棟之所  神主鯉登豊前守藤原富房  天保四年癸巳三月吉日」とあり本殿より遅れること七十年後に建立されました。他の三棟の建物が彩色が施されているのにたいして白木の建物です。

県指定重要文化財

境内地

本殿・幣殿・拝殿・神門をはじめ磐座(いわくら)金刀比羅宮・神楽殿などがあり、境内地全体が文化財指定を受けています。

県指定重要文化財

太々神楽

産泰神社太々神楽

4月18日の産泰神社例祭では、市指定重要無形文化財の産泰神社太々神楽が奉納されます。
奉納額に明和元年(1764)のものが現存することから、長い歴史があることが伺えます。

市指定重要無形文化財

八稜鏡(ハチリョウキョウ)

八稜鏡

背面には、外区の各花弁ごとに瑞花のレリーフが見られ、内区もまた花弁形をしており、瑞花が配される中に相対して二羽の鳳凰が飛び交う姿が見られます。縁どり、文様などから平安時代の作と推定されます。

市指定重要文化財

彫刻

老莱子彫刻

老莱子

老莱子は自分が歳をとってもわざと転んで泣いたりして子どものように振舞った。これは、両親に自分が歳を取ったと思わせないように、また両親自身が年寄りになったと思い悲しませないように振舞ったからです。

唐夫人彫刻

唐夫人

唐夫人は、姑(夫の母)によく仕えました。その姑が歯がなくなり食べ物を食べられなくなったため、自分の乳を姑に飲ませ孝行しました。ある時自分の死を悟った姑は一族を集め「これまでの唐夫人の恩に報いたが、もう先が長くないため心残りである。唐夫人の孝行を真似れば家は必ず繁盛する。」と言い残した。このように姑に孝行なのは素晴らしいと皆褒め称えました。

江革彫刻

江革

江革は幼くして父を失ったが、よく母に仕えました。ある時、自国で戦が起き母を連れて逃げる途中で、盗賊に襲われました。しかし、江革は自分が攫われそうな中、母を置いていけないと盗賊に訴えたところ盗賊も親孝行な江革に感動してその場を去りました。その後、仕事に就き貧しくも不自由のないよう母を尽くしまた。

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